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□物理学から教育の道へ

 

──黒井先生は東京教育大(現在の筑波大学)の理学部物理学科のご出身だとか。
黒井●ええ、ノーベル物理学賞を受賞(1965年)された朝永振一郎先生【*註】の授業を受けたくて、60年に物理学科に入学しました。高校生の時におもしろい物理の先生に出会って、それから物理の魅力にどんどんひかれて。それで自分も日本の物理学の最先端をこの目で見てみたいと思ったんです。
──卒業後は学校教員になられたとか?
黒井●ええ、高校の物理の教員になったんですけど、教員の士気の低さに失望しました。そこで思ったんですね。「先生を変えることは簡単ではないけど、生徒は変わる可能性を持っている」と。そこで「学ぶ楽しさ」を、生徒に対してダイレクトに、かつ責任をもって伝える方法はないかと考えるようになって、ここに塾を開くことにしたんです。最初は数学だけ、中学と高校生4、5人くらいから始めて。

 

 

□少人数制で対話式の学習

 

──黒井塾ではその後、講師も増えて数学以外の授業も教えるようになりますが、少人数制の授業方法は40年以上変わっていいません。それには何か理由があるのでしょうか?
黒井●なによりもまずは私が、生徒と一緒になって考えることが好きなんですね(笑)。私の授業スタイルは登山に例えると、頂上=正解にたどりつくために、道に迷っては引き返しながら生徒といっしょに考えるやり方。ときにはアイデアの合作で問題を解くこともあります。
──なるほど、たくさんの生徒さん相手ではできないことですね。
黒井●もっと大事な理由があります。生徒にとって先生と会話することは、学力を伸ばすことに深い関係があるからです。
──そういえば黒井先生は休み時間にもよく生徒さんとしゃべってますよね。
黒井●私はかなり意識的に話しかけますね。ちょっとしたTVのニュースや雑談レベルでも、「これってどう思うの?」と投げかける。というのも、ここ数年で「物事を考えることができない」生徒が増えてきているように感じるからです。

 

 

□まずは「考える」ベース作りを

 

──たとえばどういう場面で?
黒井●授業で説明したことが翌日には生徒の頭から消えている。演習の解法をいちどは「覚える」のだけれど、論理的な理解にいたっていないんですね。「じゃあ、考えようよ」とこちらが言うと「『考える』ってどういうこと?」という質問が返ってくるようになってきたんです。
──「考えないで記憶しようとしている」と。しかし、学習には暗記やドリルのような訓練も必要なのではないですか?
黒井●もちろん。でも、まず「美しい山だな」とか「あの頂上からは何が見えるんだろう?」といった動機がなければ人は山を見ても登ろうとはしないし、その次の段階として「もっと高い山に登るためどうすればいいんだろう?」と論理的に考える力や体力をつけなければ、より美しい景色を見ることはできないのです。

 

 

□部活との両立は難しいけど…

 

黒井●こうした動機づけや考える力というものは、子供が心の中で感じてはいる小さな感情を、誰かが言葉として引き出してあげなくては育ちません。だからまずはたくさん問いかけて、たくさん話すこと。自分を取り巻く世界のことを少しずつでも考えさせるようになれば、子供はおのずと学ぶ力を身につけていくのです。
──それを日常生活のなかで自然に身につけるのは難しくなっていると?
黒井●まずは子供の関心をゲームやスマホの画面から引っぱり出すことが大事です。あと、子どもたちを見ていると部活動もたいへんだし、時間が足りないのかな、とも感じます。
──黒井塾でも部活動を一生懸命にやっている生徒さんが多いですね。
黒井●すごく多いです。そこはやはり、家や学校に近い地元密着型の利点もあるし、個人の事情にも柔軟に対応できる強みはあるのではないでしょうか。

 

 

□卒業してからも使える授業を

 

──最後に、今後の方針をお聞かせ下さい。
黒井●いま、世間では実学指向が強くて文系学部を廃止しようとする動きさえあります。
──黒井塾は「理系に強い塾」としての評判もわりと聞きますが。
黒井●たしかに、教育者としてだけでなく一流の研究者としても優秀な理系講師陣がそろっていることは確かです。でもそれは文系科目にしても同じです。そもそも人間の知的な探求心の前には理系も文系もありません。朝永先生の『物理学とは何だろうか』(岩波新書)という本を読めば、物理学を哲学的に、また人間や社会との関わりの中でとらえていることが分かります。
 「いま役に立つ学問」とか、ましてや「就職に有利な学部」などという発想は逆に20年後、30年後になってみれば通用しないでしょう。学問というものは人間を宇宙レベルで見ることができるおおいなる知恵です「なぜそうなるのか」を親身に考えさせる授業は、「おもしろい」とみんな付いてくるし、卒業生の多くが「高校を卒業してからも使える」と言ってくれます。40年間もずっと続けてきたこの授業スタイルだけはこの塾のオリジナルだと思っているし、それなりの結果も出せているのかなと思います。


【*註】朝永振一郎(1906-1979)
日本の物理学者。1949年から東京教育大学教授。1956年から1961年には東京教育大学長。1965年にノーベル物理学賞を受賞。49年に同賞を受賞した理論物理学者の湯川秀樹は同級生。